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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)1440号 判決

原告

東京地質工業株式会社

右代表者

室井渡

右訴訟代理人

佐藤軍七郎

被告

株式会社本町高橋組

右代表者

高橋元吉

右訴訟代理人

竹澤東彦

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一請求の原因1及び2の事実のうち、原告が丸善工業から原告主張の大矢赤羽根ビル及び石田ビルの各新築工事に伴う基礎杭打工事を請負つたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によると、右各請負契約締結の年月日及び代金額〈編注、合計四九〇万円〉は、それぞれ原告主張のとおりであること、原告は右各杭打工事を完成し、丸善工業に対し引渡したことを認めることができ、〈る。〉

二1  〈証拠〉によると、原告は丸善工業が昭和五三年一一月一五日に倒産したので(この事実は当事者間に争いがない。)、丸善工業に対し前記各杭打工事の請負代金を支払うよう強く交渉した結果、原告と丸善工業との間で、同工業が被告に対して有する請負代金一六五〇万円のうち三九〇万円を原告が丸善工業に代つて被告から受領し、これを右の支払に充てることが合意され、丸善工業は原告に対しこのための委任状及び印鑑証明書を原告に交付し、右代理受領を委任したことが認められ、〈る。〉

2  〈証拠〉によると、原告会社営業部長古田元男は、昭和五三年一一月一七日か、あるいは同月二一日(この点の日時は証拠上確定し難いが、本訴請求の成否には直接かかわりがない。)被告会社へ赴き、前記委任状及び印鑑証明書を示し、前記三九〇万円の支払を求めたこと、被告会社総務課長本間秀雄は、丸善工業の社長と相談のうえで、支払方法を通知する旨を返答したことが認められ、〈る。〉

3  そうして、被告会社が原告に対し、右2の通知をすることなく、丸善工業に対し昭和五三年一一月二一日前記請負代金一六五〇万円の内金一五〇〇万円を支払い、さらに同月二三日残金一五〇万円を支払つたことは当事者間に争いがない。

三原告は、被告が丸善工業に対し右二の3のとおり請負代金を支払えば、原告が丸善工業から前記一の請負代金の回収ができなくなることを予見しながら、丸善工業と通謀のうえ、あえて丸善工業に支払つたものであり、被告の行為は原告の丸善工業に対する債権を侵害する違法なものであると主張するので、この点について検討する。

ところで、まず丸善工業が被告に対して有する請負代金の代理受領を原告に委任し、原告がその委任状等を被告に提示したところ、被告は原告に対し丸善工業と相談のうえ支払方法を通知すると返答したことは前記認定のとおりであるところ、右返答をもつて被告が右代理受領によつて得られる原告の利益を承認し、正当の理由がなくその利益を侵害しないという趣旨のものとまでは解することができない。

しかしながら、被告が丸善工業に対し請負代金を支払えば、原告が丸善工業から代金の回収が得られなくなることを予見できる場合において、被告に右支払によつて得られる何んの利益がなく、かつ、原告の右代金回収を妨げるという害意があるときは、被告の右支払は債権侵害として不法行為を構成するものと解するのが相当であるから、以下この前提に立つて被告が丸善工業に対してした請負代金支払の事情について検討する。

証人本間秀雄の証言及び前記争いのない事実を総合すると、

1  被告会社は、昭和五三年ごろ丸善工業との間で、丸善工業を下請人とする前記大矢赤羽根ビル及び石田ビル各新築工事のほか小笠原ビルの新築工事の下請負契約を締結し、同年一一月当時請負代金の残額は一六五〇万円であつた。

2  丸善工業は、同年一一月一五日の手形の不渡りを出して倒産したものであるところ、そのころ丸善工業の債権者らが丸善工業作成名義に係る前記1の請負代金の代理受領の委任状等を持参して被告会社を訪ねたりしており、その債権者の数は二十数社を数え、代理受領の金額の合計は二〇〇〇万円以上にも上つた。

3 被告は、昭和五三年一一月二一日丸善工業の社長杉山圭一と右請負代金に関して話し合いをした結果、丸善工業が下請負に係る工事の中には、いまだ完了していないものがあり、残りの工事を続行して完成してもらうためには、業者に支払をしなければならなかつたこと、丸善工業の社員に対しても給料の支払をする必要があつたこと、そのほか丸善工業の杉山社長が請負代金の代理受領の委任状を交付した債権者らに対しては、丸善工業が被告より請負代金の支払を受ければ、その中から責任をもつて支払をする旨を約したことなどから、被告は前記二3のとおり丸善工業に対し請負代金残一六五〇万円の支払をした。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実によると、被告が丸善工業に対し一六五〇万円の請負代金を支払うにあたり、原告が丸善工業に対して請負代金債権を有していることを知つていたことは認められるけれども、右支払いをしたのは下請工事を完成させる必要があつたことによるものということができるのみならず、被告において原告の丸善工業に対する請負代金の回収を妨げる害意があつたことを認めるに足る証拠はないから、結局被告が右一六五〇万円の支払いをしたことを目して、原告の丸善工業に対する債権の侵害にあたるとすることは到底できないというべきである。

四以上の次第で、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(菅原晴郎)

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